どの分野も素人

a.k.a. チラ裏

歴史を学べば、警察との問答も楽しくなる

 警察に「適正アルコール量は?」と尋ねられたことはあるだろうか。私はある。猟銃の所持許可を警察に申請したときにされた。警察は申請者がマトモなやつかそうでないかを見極める必要があり、その一環として警察官と申請者一対一での面談があり、その中で上記の質問が繰り出された*1

 この質問が繰り出されたとき、私は無難な回答をしながらも、内心その意図をはかりかねていた。前科とかを訊くならわからんでもない*2。だが適正アルコール量って何だ。そんなもん訊いて一体何がわかるんだ。

 この質問の答えを求め、私は5000年前に飛んだ。

現代文明の源泉

 前4000年紀後半から前3000年紀にかけて、ティグリス川とユーフラテス川に挟まれたメソポタミア南部ではシュメール人と呼ばれる民族が複数の都市国家を形成し、覇を競い合っていた。彼らがどこから来たのかはわかっていないが、彼らの残した文化はギリシア、ローマに受け継がれている。現代の先進諸国の文明はヨーロッパの文明に端を発するので、シュメール人の文明はいわば現代文明の源泉である*3

f:id:undersode:20211123203140p:plain

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Standard_of_Ur_-_Peace_Panel_-_Sumer.jpg

 シュメール人の文明は人類最古の文明といわれるだけあり、現代社会にも残っている様々な制度や文化を生み出した。たとえばハンコ。現代日本はハンコ社会*4だが、その起源はシュメール社会に遡る。他にも、文字、政府、学校*5、学園モノの文学作品、法律、定礎などなど、シュメール社会に遡れる現代の文化は数多くある。

文明人の自負

 何故シュメール人は文字やハンコを生み出し、政府を組織し、種々の制度を整えたのか。それはシュメール人たちが「都市に住む文明人」を自負していたからである。中でも彼らは、ビールを飲むことを重要視していた。『ギルガメシュ叙事詩』には、ギルガメシュの友人、エンキドゥについてはじめ次のように記されている。

エンキドゥはなにも知らない
食物を食べることも
飲物を飲むことも
彼はならわなかった

矢島文夫 (1998)『ギルガメシュ叙事詩』 (ちくま学芸文庫) (p.40). 筑摩書房. Kindle版. 

 ここでの飲物とはビールのことである*6。エンキドゥは大地の女神アルルによって泥から生み出された人間であり、当初は森で野獣のような生活を送っていた。「食物を食べることも 飲物(ビール)を飲むことも 彼はならわなかった」とは、その野獣っぷりを表現した言葉である。

f:id:undersode:20211124211549p:plain

https://www.ancient-origins.net/news-history-archaeology/sip-sumerian-ancient-beer-recipe-recreated-millennia-old-cuneiform-tablets-021492 より。
上段右2人は甕からストローでビールを飲んでいる*7

 また、シュメール人はビールについて次のようなことわざも残している。

楽しくなること、それはビールである。いやなこと、それは(軍事)遠征である。

ビールを飲みすぎる者は水ばかり飲むことになる。

小林登志子 (2005)『シュメル―人類最古の文明』p.58, 中公新書

 いかにシュメール人がビールを飲むことを重視していたかがわかるだろう。

 しかも、シュメール人は当時からアルコールに対する水の有効性を理解していたらしい。アルコールには利尿作用があり、酒ばかり飲んでいると身体は脱水状態になる。身体が脱水状態になるとアセトアルデヒドの排出が遅れ、二日酔いになりやすくなる*8。よって二日酔いを回避するには、水をたくさん飲めば良い。シンプルだが効果的な手法である。

アルコールと上手に付き合う(適正アルコール量を定量的に把握して)

 話を戻そう。警察は何故、猟銃の所持許可を申請した奴に対して「適正アルコール量は?」と訊くのか。それは5000年前からビールを飲むことが文明人の証であり、5000年前から人類はビールに含まれるアルコールと上手に付き合ってきたからである。警察に言わせれば、己の適正アルコール量を把握していないような奴は文明人ではない、文明人ではない奴に銃は持たせられない、ということかもしれない。

 さて、それでは適正アルコール量とは一体どれくらいなのか。そんなもん人によるだろと思うかもしれないが、実は「節度ある適度な飲酒」というものが厚生労働省により次のように定められている。

節度ある適度な飲酒:1日平均純アルコールで約20グラム程度の飲酒
厚生労働省, 健康日本21, https://www.kenkounippon21.gr.jp/kenkounippon21/about/intro/index_menu1.html

 純アルコール20gというと、ビールなら500mlである。ロング缶1本飲めば終わりだ。個人的には少なくない?とは思うが、日本人は酒に弱い人が多い*9ので、本当はそのぐらいに抑えておくのが良いのかもしれない。

終わりに

 警察の何気ない問いには5000年の歴史が詰まっていた。「歴史を学ぶのは現代を理解するため」という言葉を高校の世界史か日本史の授業で聞いた気がするが、全くその通りである。

参考文献

 この記事のネタ元。

シュメル―人類最古の文明

 シュメール人関連の話はここから。この本を読めば、シュメール人がいかに多くのものを生み出したのか、またそれが現代に受け継がれているかがわかる。固有名詞がわんさか登場してややつらい部分もあるが、読んで損はない。ちなみに日本では「シュメール」表記が一般的でこの記事もそれにならったが、「シュメル」の方が本来の発音に近いらしい。

ギルガメシュ叙事詩

 ご存知ギルガメシュ叙事詩である。名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。金ピカ鎧だったり上裸だったりするアイツの元ネタだ。他にもエンキドゥとかイシュタルとかエレキシュガルとか、聞いたことのある名前が登場する。普段やってるソシャゲの出典が知りたい人は読むといい。ソシャゲをやってない人も、この本単体で面白いので読むといい。さすがにギルガメッシュ叙事詩そのものが面白いとは言い難いが、この本は半分ぐらいが訳者による解説で、その解説が面白いのだ。

 せっかくなので原典*10よろしくタブレットで読め、と言いたいところだが、タブレットは注釈と本文の往復が大変なので紙で読んだほうが読みやすいと思う。私はタブレットで読んで大変だった。

無水アルコールの美味しい飲み方

 「酒に含まれるアルコール量を定量的に示す」というアイデアはこの本から。飲めないはずがない無水アルコールが何故飲んではいけないことになっているのかについての丹念な調査と、無水アルコールを美味しく飲むためのレシピが載っている本(同人誌)。身近な存在であるアルコールの毒性についても触れられているので、酒好きは読んで正しい知識を身に着けると良い。500円でPDF版が買える。

*1:他には「ギャンブルはする?」などがある。

*2:そっちでわかるだろとかは置いておいて。

*3:旧約聖書に登場するノアの方舟の伝説も、もとを辿ればシュメール人の伝説に行き着く。

*4:ここ1年ぐらいで急速に廃れてはいるが。

*5:政府で働く役人を養成するためのものなので現代の学校とはだいぶ趣が異なるが、親が物事を教えるより子供を1箇所に集めて教えることの上手い人が教えたほうが合理的という思想は紛れもなく学校である。

*6:ちなみに食物はパン。

*7:当時のビールは濁り酒で表面に麦の殻が浮いていたため、葦のストローで飲んでいたと考えられている。

*8:飲酒時は脱水状態になりやすい。|経口補水療法|味の素株式会社

*9:テーマ02 「あなたはお酒が強い人?弱い人?」|国税庁

*10:粘土板。